こんにちは!
ヘッドコーチの仁です。

指導としての道2を載せます。


教え子の「走る動機」を正す


「岩渕先生には1年に一度ぐらい、ドバーッと叱られます。」


横須賀久乃が言ってたている。入学したころひどく叱られたからだろうか。


 その春、横須賀はインターハイ茨城県予選で6位に入ったが、直後から極度も貧血に苦しみ始めた。橋本は同じ練習をしているのに平気な顔をしている。バスケットボールから転向したばかりの橋本に。岩渕は[君はフォームが出来ていないから、しばらく横須賀について走れ]と命じたが、それどころではなくたった。


岩渕は横須賀の自宅を訪れ、母親の献立、横須賀の嗜好を徹底的に調べ、診察も受けさせたがどこも悪いところはない。


同じころ増田明美が貧血だと聞いて、増田の情報も聞きあさった。そのうち、彼は[スポーツ性貧血]という症例があることを聞く。


 食生活が原因ではなく、精神的に負荷をかけると拒絶反応を起こすというもので、我が儘な性格に起こりやすい。さっそく横須賀の母親に聞くと、自分の気に入らないことがあると自家中毒を起こすような子だったという。


[これは走る動機が悪い]と思いましたね。幸いなことに夏休みに入るとヘモグロビンが増えてきたので国体予選に出したら、1年生で勝ってしまったのですが、彼女は勝っても感謝の気持ち[有難うございます]と言葉に出せない子だった。


そこで「礼儀をわきまえない競技者はいくら走るのが速くても、一流とはいえない」ときつく叱りました。


*注解 


走る原点は喜び。「有難う」は喜びの気持ち


「喜びに満ちた心は治療薬としてよく効く」


中村先生から教えていただいた聖書の言葉は今でも生きている。


学校で2時間、自宅に行って両親の前で2時間。それこそ横須賀がドバーッと・・・


彼女は大粒の涙をボロボロ流しながら、聞いていたそうだ。


[少し叱りすぎたかな]と岩渕のほうが気にしながら、夏休み中の学校に行ってみると、昼下がり一人でグランドならしをしている横須賀を見て、すっかり安心した。


[こいつは強くなるぞ、きっと]


 それから横須賀は順風をはらんで成長した。


「大きな受け皿をつくれ」


横須賀と橋本は今、岩渕の自宅で起居している。彼はやるからには徹底した指導で教え子を強くしたい、と思っていた。


「親元にいるとわがままが出るでしょう。他人の飯を食わなくきゃ・・・と思いましたね。うちの女房の飯は、横須賀や橋本の家の飯よりまずいかもしれんが、他人の作った飯を、どうやって彼女たちが食べるかも観察したかったのです」横須賀がわがままな少女だった、と彼女の母親から聞いたのもヒントになっていた。


 しかし、最初は2人を引き取るにあたって、親子4人県営住宅住まいの岩渕はいろいろ考えた。瀬古利彦が中村家も近くに下宿し、食事だけ恩師宅で食べているように、岩渕も自宅近くに彼女たちの下宿をさがして住まわせようか、とも思った。ところが3月のある朝、妻の幸枝が建売住宅のチラシを食卓の上に広げて見せた。


「この近くに建つらしいわよ」


「じゃ、一度見に行こうか」


 夫婦で出かけて行ったら工事は着々進行中だった。5月には入居出来るという。階下が6畳、4畳半のキッチンに風呂場、2階が6畳2間ある。


「これいいなあ、でもオレの給料で買えるかな」


「お客さん、仕事なにしているんですか」


「高校の教員。もう10年ほどやってんだけど」


「先生ですか。それなら35年のローンで買えますよ」


「一晩、ゆっくり考えてくるからな」


「考えている間に売れちゃったら、どうするの、お客さん」


「ウーン、そうか、じゃ、今すぐ買うよ」


下宿なんてめんどうくさい。こうなったらみんなで一緒に住んじまおう、という寸法だ。業者も考える余裕を与えないでおきながら、岩渕の即決には「こんなお客さんも珍しいね」としきりに感心したそうである。


 そこへ行くまで、妻の幸枝は、最初「そこまでしなくてはならないの」と夫に聞いたものだ。「そうだ!しなきゃならないのだ。オレみたいな万年2位の選手をつくらないために」


 妻はそのとき国立競技場で最後のレースをやっぱり2着でゴールインし、瀬古利彦から贈られた花束を手に退場いていった夫の姿を思い浮かべた。すぐその場で、夫のやろうとすることの意味がわかった。


 引越しは5月5日の「こどもの日」。横須賀と橋本もその日、荷物を運びこんだ。それから7ヶ月半もう2人とも岩渕家の家族になりきっている。


「月に2回くらい、実家に帰すことあるんですが、そんなときなんだか寂しくてね」と岩渕は笑う。彼の幼い2人の子供たちも「チャーちゃん(横須賀)は」「ヤッコちゃん(橋本)は」。帰ってくると「おみやげは」。


現役をやめ指導にすべてを尽くすようになってわずか2年で、早くも2人の日本チャンピオンを世に送り出した岩渕は、彼女たちが巣立ったあとのことをあれこれ思い描く。


 今のところ、1年生で群馬国体少年B800m7位の宇野恵美子が次ぎのホープだが、ここまで来ればもう「中・長距離の水戸三高」の看板を下ろすわけに行かない。


 「横須賀と橋本を自宅に引き取っている指導によって、部の調和を崩すようなことがあってはいけない。私は部員に「差別はしないけど区別はするよ。そこをはき違えないでくれ。私の指導を受け大きくなるには、それぞれが大きな器をつくりさい」と説いています。


 岩渕はいつも、中村清の教えを受け入れようと、大きな受け皿づくりにつとめて来た男である。

つづく